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道内初の鉄道は何故小樽手宮だったのか

 投稿者:KO こうじろう  投稿日:2006年 3月 8日(水)23時30分56秒 FLH1Acf183.hkd.mesh.ad.jp
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  明治維新により日本の近代化政策は、順調に進められてはいたが、欧米列強に並らぶ
国家建設を目指す政府は、遅れている産業革命を推し進める為に、欠かせられない
石炭資源の確保の必要に迫られていた。明治12年に幌内地区に良質の炭田があるとの
報告を受けた開拓使では輸送ルートを検討、札幌~石狩湾への輸送後小樽港港への
海上輸送案もあったが、最終的に札幌~小樽手宮間の鉄道施設案が採択された。
当時の政府の対応は驚くほど早く、建設に着手してから.6ヵ月後に完成という突貫工事
だった。幌内炭田の調査報告から、1年後の明治13年の事である。これは新橋~横浜、
神戸大阪に次ぐ、全国3番目の鉄道敷設である。この事は当時の政府が北海道や小樽に
掛ける期待が如何に大きかったかを物語っている。
 
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